M16にみる侵食の造形

 地球上で壮大な侵食の地形といえば、なんといってもアメリカ・アリゾナ州にある「グランドキャニオン」でしょう。平均深度は1km以上もある峡谷が延々と400km以上も続いている。最大深度は1800m。約4000万年の歳月をかけてコロラド川の水流が侵食を続け、現在の雄大な景観をもたらしたといわれています。世界遺産でもあるこの雄大なグランドキャニオン・・・でも地球を離れ、遠く宇宙に目を向けると、そこにはさらに壮大な侵食の造形があるのです。へび座の方向、4600光年もの彼方でおよそ40光年の広がりを持つ散光星雲M16“わし星雲”・・・これは“壮大な宇宙遺産?”といえるのかもしれません。

35cmシュミットカセグレン望遠鏡 
レデューサー 合成焦点距離2485mm(F7)
 15分露光を3枚コンポジット合成(加算平均)
キヤノンEOS kiss D ISO1600

ホワイトバランス  オート
  
UIBAR&NBN-PVフィルター

下の画像1~4の領域を示す枠を表示します。

画像1

 ハッブル宇宙望遠鏡の観測で話題になった、「創造の柱」とよばれる3本の柱構造を中心にした構図です。塵やガスからなる星間雲が、画像右上方向に誕生した新しい星からの放射で強烈にあぶられ、侵食されているのです。しかし、特に濃密なところが侵食されきれず3本の柱になって生き残っているのです。そしてこの柱の中で塵やガスが凝縮し、次々に新しい星が誕生しつつあるのです。誕生した星には惑星系が、そして知的生命体による文明が誕生するかもしれないことを考えると、「創造の柱」という言葉のもつ意味深さを感じてしまいます。赤い光は電離水素の輝線・・・水素原子は生まれくる恒星内部での原子核融合反応の最も重要な燃料であります。

 ところで、画像をよく見ると、右下にポツンと滴がたれたような形の黒い塊が写っています。似たような黒い塊は3本の柱の右上にも2つ見えています。この領域が見やすくなるように画像処理をしてみました。

画像2

 濃密な星間雲が侵食されきれずに塊になって残っているようすです。上下に2つ塊があり、上の塊は黒く卵の形、下の塊は赤く明るく先のとがった形状で底面が黒くなっています。黒いところはいわば“影”ですから、光と影のようすから、両方共上方からあぶられていることは確実です。光の当たりかたを見ると、上の塊が手前、下の塊が向こう側にあるように見えます。もともと、1本の柱だったものが侵食されて蒸発し、ちぎれてしまったように思えてきます。このような星間雲の塊はグロビュールと呼ばれ、やがてここで誕生した星が光を放つ時が来るのかもしれません。いわば、星の“ゆりかご”なのです。

 グロビュールは小さな塊ですが、画像左上には大きな暗黒の塊も見えています。左側にはなにやら柱状の構造も・・・じっくり見てみましょう。

画像3

 逆三角形の形をした大きな暗黒の塊の下にグロビュールが2つ見えています。この暗黒の領域は周囲に比べ星数が極端に少なく、何も無いかのように見えます。でも、本当に何もないのでしょうか。ポッカリとここだけ何もないとしたら、あまりにも不自然です。いったい何があるのでしょう。それは、暗黒のダスト(塵)です。このダストが向こう側にある星の光を遮って、暗黒に見えているのです。いわば、暗黒星雲というわけです。そして、その左には水平に柱状の構造が、右方からの放射を受けて左方へたなびいているように見えます。これも、あの3本の柱と同様に、星からの放射を受けて、濃密な星間雲が侵食されている現場です。この柱・・・画像を90度回転させてみると・・・。

 

 

 

 

 

 いかにも“柱”らしくなります。ハッブル宇宙望遠鏡による画像もこの構図で公開されています。上方からの強烈な放射による侵食でも、かろうじて生き残った細長い柱です。柱の上端には紫外線にあぶられ、強烈に赤く輝く電離水素と、そのすぐ右下には影になった暗黒のダストの塊が見えています。そして、そこから下方に水素を含んだダストの柱が伸びています。ちなみに、柱の長さは9.5光年といわれています。

 再び、あの3本の「創造の柱」に目を向けてみましょう。この画像では色彩や構造が強調されるように画像を処理してみました。この星雲のもう一つの特長は、強烈な紫外線により電離した水素輝線(赤)がベースになっていますが、領域によって色彩に違いあることです。

画像4

 一番大きい柱の長さはおよそ3光年といわれています。そして、その先端付近に、誕生したばかりの星がポツンと白く見えています。光と影のようすもはっきりとわかります。右上方向からの放射を受けてあぶられながらも、生き残った濃密な星間雲の姿であります。ちなみにM16は星団を伴っていることが、眼視観測でもわかります。むしろ、眼視観測ではこの星団の方が目立って見えています。

 もともと、この領域には、巨大な星間雲が存在していたのでしょう。その中で星が次々に生まれ、星団となり、その星団の星々からの放射が、こうした“侵食の造形”を創り出しているのです。そのようすを次の画像で示しましょう。

星団にある若く高温の大質量星から、強烈な紫外線が放射されている

 この星団には、スペクトル型がO型の超高温の星がたくさん存在していることがわかっています。なにしろ、O型星は表面温度が5万度近い超高温ですから、その紫外線は強烈です。B0~2型クラスの高温の星もたくさんあります。ちなみに、B2~3型クラス以上の高温星が電離させる力をもっているとされています。したがって、この星団はとてつもなく強い電離・侵食さらには蒸発させる力を持っているのです。写真はあくまで平面ですが、現実の構造は立体です。どの画像においても、奥行きを考えながらながめると興味深いものがあります。

 4600光年
※1ものはるか彼方での“侵食の造形”・・・グランドキャニオンが世界遺産なら、こちらはやっぱり“壮大なる宇宙遺産?”といえましょう。でも最近では、この“宇宙遺産?”が思いのほか早く消えていってしまう可能性※2もいわれていて・・・そうすると、なにやら寂しい気持ちになってしまいます。

※1 天文年鑑によると、距離は4600光年とされています。

※2 最近のスピッツアー宇宙望遠鏡による赤外線観測で、熱で温められた高温の塵が充満していることがわかってきました。その原因は約8000~9000年前にここで発生した大規模な超新星爆発だと考えられています。そして、その衝撃波がすでにこの3本の柱を破壊し、消失させてしまっている可能性があるといわれています。M16が7000光年の距離にあるとすると、約1000~2000年前にその超新星は観測されたであろうし、今はもうすでに破壊されているなら、その破壊・消失のようすの情報は現在地球に向かっている。そして、約1000年後に地球上で観測できるだろうというわけです。・・・たしかに、M16には大質量星を含む星団がありますし、過去にたくさんの大質量星が生まれていたとしたら、すでに超新星爆発があったとしても不思議ではありませんね。大質量星の寿命は、数100万年から1000万年と非常に短いのですから・・・。